「東京の広大な犬小屋」 徳川綱吉将軍の時代に作られた幕府直轄のシェルター

ひかたまさんからです。

http://shindenforest.blog.jp/archives/73786914.html



今年はいぬ年です。

2018-happy-year-of-dog
freedesignfile.com



昔東京にとてもとても大きな犬小屋があったことを
多くの人は知りません。

そうです。
徳川綱吉将軍の時代です。

まず現在の世田谷区に大きな犬小屋が作られました。
そこには、
1年間だけの記録でも
1万3878匹の犬たちが預けられました。

そこには介護専門の16人ほどのスタッフや
養育のためのスタッフは、約5728人いたと記録されています。

その後、
江戸幕府は
大久保・四谷・中野・新宿にも犬小屋を新設しました。

中野の犬小屋を例にすると、
どんどん拡張していき、
犬小屋全体の御用地は29万7652坪におよびました。

よく土地の広さを
東京ドーム何個分と言って表現されますが
私は
この表現がよくわかりません。

国際大会に使うサッカー場だと
120個分です。


ここの犬小屋は
中野だけでなく周辺の高円寺にまで広がっています。

中野の犬小屋が完成した際には、
江戸の町から集めた犬を10万匹が収容されたそうです。

1年間の総経費は98,000両といわれ、
現代の価格では約2億5000万円くらいの費用が
運営にかかっていたそうです。

005
中野区役所
犬小屋本体は、
5つの「御囲場」に分けられていました。
「壱之御囲」が3万4538坪、
「弐之御囲」「参之御囲」「四之御囲」が各5万坪、
「五之御囲」が5万7178坪
犬小屋本体の総面積は、24万1716坪。
道路分も造成され、
犬小屋全体の御用地は29万7652坪。

現在の中野区役所やサンプラザ中野も
犬小屋の跡地に作られたことになります。

現在の中野区役所の前には
かつての囲いを示すために
犬たちの銅像が設置されています。

800px-中野お囲いの犬の像2
Wikipedia



この広大な犬小屋には、
犬を捕獲する人、犬を輸送する人、犬の飼育管理をする人など
とても多くの人たちが
犬のために動き続けていたことになります。



現代の技術を応用すると
今ならもっと優れた施設が作れるのかもしれません。

綱吉のような政治家は
出てくるのでしょうか。



~転載以上~



かつては「天下の悪法」と呼ばれた徳川綱吉将軍の「生類哀れみの令」ですが、近年は評価が変わり、好感度が上がっているそうです。



この法令について、過去記事より再度ご紹介します。



実験さんからです。

http://ameblo.jp/soukentakanasi/entry-11645078392.html



徳川綱吉(1646~1709)-動物(人を含む)の権利活動家
Tsunyaoshi.jpg

生類憐みの令とは

単一の法令を意味するのではなく、1685年(この年に出された、犬猫を繋ぐことを禁止し、犬猫が将軍の御成道に出てきても構わないとしたお触れが最初)から1709年(徳川綱吉の死去)の24年間にわたって、徳川五代将軍綱吉によって強力に推し進められた、人間(捨子、病人、囚人、被差別民など)を含む動物全般(犬・猫・馬・牛などの哺乳類、ヘビなどの爬虫類、金魚などの魚類、コオロギなどの昆虫...)に対する憐み(生類をいつくしみ、楽を与える慈と、生類をあわれんで、苦を除く悲からなる心情)政策に関わる多数(総数135件)のお触れの総称。

生類憐みのお触れ(一部)
・犬と猫を紐で繋ぐことを禁じ、御成道(将軍や宮家が通る道)に犬や猫が出てきても構わないとした。(1685年7月)

・拵え馬(こしらえうま|馬の尾や腹などの筋を伸ばして見た目を良くするという当時の流行)を、馬の体の一部を傷つける不仁なこととして禁止した。(1685年9月)

・江戸で大八車や牛車による犬などとの事故を起こさないよう注意を喚起し、野犬に餌を与え、すべての生類に対して「生類あわれみの志」をもって対応するように命じた。(1686年7月、1687年7月)

・重病の生類を生きているうちに捨てること(捨子・捨て老人・捨て牛馬など)を禁じ、違反者の密告を奨励した。(1687年1月、1695年10月)

・江戸の町人には町内の犬、武士には江戸屋敷の犬を、それぞれ犬毛付帳(犬の特徴、病気・事故・所有者等の履歴などを記録する帳面)を使って登録管理し、犬が行方不明になった場合には徹底的に探すように命じた。(1687年2月)

・飼育している魚鳥・亀・貝類を食料としたり、これを売買することを禁止した。(1687年2月)

・捨子が見つかった場合にはそのところの者がまず捨子が死なないように養育し、養親が見つかった場合には引き取らせることを優先させるように命じた。(1687年4月)

・慰みとしてのコオロギ・キリギリス・松虫・鈴虫・玉虫などの昆虫類の飼育を禁止した。(1687年7月)

・捨て馬をする者には島流しの刑に処するとしたうえで、領内より馬の遺棄者が摘発された場合、その事情によっては代官や大名などの支配領主も処罰の対象にするとした。(1687年12月)

・田畑を荒らす猪や鹿、人や家畜を襲う狼に対するやむを得ない措置として、害獣の駆除を、殺生による穢れを最小限に止めるために定められた厳密な手続きに則ることを条件として(まず空砲で追い払い、それでも効果がない場合に、役人立会いの下、指定の期間のみ実弾の使用を許可し、殺生の理由を帳面に記し担当部署に届けさせた。また、殺した動物の食用や売買を禁止した)、害獣の殺生を許可した。(元禄2/1689年6月)

・全国に触れられた捨子禁令において、子供の養育が困難な場合には、あらかじめ定められた管理責任者(奉公人は主人、幕領では代官・手代、私領では名主・五人組)に届け出るように命じた。(1690年10月)
・江戸では捨子防止のため、町ごとに出生児と7歳までの子供を帳面に登録させ、名主がその管理責任者として、子供の移動等を把握するように義務付けた。(1690年10月、1704年9月)

・生類(蛇・犬・猫・鼠など)に芸を仕付けて見世物にすることを、生類を苦しめる行為として、禁じた。(1691年10月)

・江戸において、漁業を生業とする漁師を除いて、一般町人の慰みとしての魚釣りを禁じた。(1693年8月)

・将軍家の権威の象徴である鷹狩(鷹遣い)および鷹狩にかかわる儀礼(朝廷への「鷹の鶴(鷹狩による獲物の鶴)」の献上、大名との「鷹の鳥(鷹狩による獲物の鳥)」や「巣鷹(鷹のひな)」の授受(下賜/受領)など)を廃止した。(1693年9月)

・犬が咬み合っていたら、そこが皇族や将軍などの貴人の訪問先であっても、水を掛けて引き離し、犬が傷付かないよう対処することを命じた。(1694年2月)

・蹴鞠(けまり)の製作に犬の皮が使われることから、江戸では鞠商売を禁じ、職替えを命じた。(1694年7月)

・鷹匠や鳥見(鷹匠の下役で、鷹場を巡視し、鷹に捕獲させる鳥の群生状態を確かめる役人)などの鷹役人を全廃。鷹役人の一部は寄合番(1693年9月の鷹遣いの停止に伴って鷹役人の配転先の受け皿として設けられた職制)に役替えとし、犬小屋の担当や鳶(トンビ)や烏(カラス)の巣の取り払い(鳶と烏は、人や他の鳥類に危害を及ぼすため、生け捕りにし、数がまとまると伊豆諸島などに放鳥した)などの業務に当らせた。(1696年10月)

そのほか、幕府直轄の犬小屋(シェルター)の運営も行っています。

詳細はこちら
http://www8.plala.or.jp/spiritvoice/shourui.html




~転載以上~




以下、幕府直轄の犬小屋(シェルター)の運営などについて一部転載します。

詳しくは、下記リンク先をご覧ください。

http://www8.plala.or.jp/spiritvoice/shourui.html


幕府直轄の犬小屋(シェルター)の運営

 江戸における捨て犬や野犬問題に関する状況は、生類憐み政策のなかで、犬愛護を推進するために数々のお触れが出されたにもかかわらず、一向に改善する様子が見られなかったため、幕府は自らが直接、犬の保護事業に乗り出します。有名な中野の犬小屋をはじめとする大規模な犬の収容施設(シェルター)を複数建設し、前代未聞のスケールの犬の保護事業を展開することになります。

喜多見村の犬小屋

 元禄5(1692)年、綱吉は喜多見村(現在の世田谷区喜多見)の幕府御用屋敷の中に、病犬と子犬の「介抱所」「看病所」「寝所」などを備えた犬の収容施設をつくりました。そこでは、給餌はもとより、犬医者による診察や薬の処方なども行っていました。犬の収容数は1年で約1.4万匹になり、雑務を担当する16~17名の人足が常時犬の世話をし、手代(てだい|江戸時代、郡代や代官の下役として、民政一般をつかさどった地位の低い役人)などの役人が敷地内の巡回や犬医者の呼び寄せなどの業務を担当していました。しかし、幕府による犬の保護政策の拡大に対して、喜多見村の収容施設だけでは、江戸の無主犬(野犬)を含むより大きな犬問題に対処できるわけはなく、幕府は犬の収容施設の大規模な増設に乗り出します。

大久保と四谷の犬小屋

 元禄8(1695)年5月に、大久保と四谷に新たな犬小屋が完成します。犬小屋の広さは、大久保がおよそ2.5万坪(東京ドーム1.8個分)、四谷で約1.9万坪(東京ドーム1.3個分)で、犬の収容規模は大幅に拡大しました。そして幕府は、野犬の増殖を抑えるべく、まず江戸の雌犬から収容を開始したと言われています。また、人とのトラブルを未然に防止するという趣旨から、元禄8年6月の江戸の町触れで、「人に荒き犬」を収容しているので、そのような犬ががいたならば町奉行所に書面をもって届け出るように申し渡しています。

 このように、喜多見村の収容施設では病犬と子犬の保護を主体としていたのに対し、大久保と四谷の犬小屋では無主犬の飼養を主眼としており、幕府の犬の保護活動は病犬と子犬から、より深刻な野犬対策へと拡大していきました。大久保と四谷の犬小屋における収容頭数は、元禄10年の町奉行所の書上(かきあげ|上申書)によれば、元禄8年10月の段階で42,108匹でした。

中野の犬小屋



中野御用犬屋舗(犬小屋)


 元禄8(1695)年10月には、さらに16万坪(東京ドーム11.3個分)に及ぶ犬の収容施設が中野村に完成します。収容された犬数や維持費用については、『政隣記(天文7(1538)年から文化11(1814)年までの加賀藩の史実を編年体で記録したもの)』の元禄8年12月の記録によれば、中野の犬小屋には、8.2万匹余の犬が収容され、犬1匹の餌代は1日当たり米2合と銀2分、その合計は1日銀16貫目であり、1年間の費用は金9.8万余両(1両の現在価値を13万円として約1,274万円)にのぼり、これはすべて江戸町人から徴収されていたとのことです。

 元禄9(1696)年に行われた修復・拡張工事の記録によると、中野犬小屋は、一棟25坪の犬部屋・犬餌飼部屋が290棟、一棟7.5坪の日除け所が295棟、一棟6坪の日除け所・餌飼所が141棟、子犬養育所が459か所、役人居宅8か所、長屋4棟、食冷まし所5棟、冠木門8か所、医師部屋、女犬養育所などがある壮大な施設で、面積は20万坪(東京ドーム14.1個分)を超えていました。このときの工事で大工延べ5.7万人余が駆り出され、費用の総額は銀2,314貫658匁余(金38,577両余|1両の現在価値を13万円として約50億円)と米5,529俵余とされています。また、『鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき|元禄の頃、尾張徳川家の家臣であった朝日重章の日記)』の元禄9年6月12日のくだりには、中野犬小屋へは毎日30匹から50匹くらいの犬が収容され、犬の餌は1日当たり50俵に及んでいたと記されています。

 中野犬小屋は、拡大し続ける需要に対して更なる拡張工事が行われ、元禄10(1697)年4月には犬小屋とその周辺道路も含めておよそ29万坪余(東京ドーム20.5個分)となり、犬小屋は五つの「御囲場(犬小屋)」に分けられ、「壱之御囲」が3.5万坪(東京ドーム2.4個分)、「弐之御囲」が5万坪(東京ドーム3.5個分)、「参之御囲」が5万坪(東京ドーム3.5個分)、「四之御囲」が5万坪(東京ドーム3.5個分)、「五之御囲」が5.7万坪(東京ドーム4個分)といった規模でした。『徳川実紀(19世紀前半に編纂された江戸幕府の公式記録)』には、このとき中野の犬小屋に集められた野犬の数は、「まもなく10万頭に及ぶ」と記されているのだそうです。



生類憐みの令に思う


生類憐み政策に関わる運用費用が町人に課せられたことや、違反者に対する処罰が厳しすぎた(町人が生類憐みの令違反で厳罰に処せられた事例は少数とみる説もある)ことなどから、幕府に対する町人の不満や不信感は強く、多くのお触れはその効果を表すことなく、犬をはじめとする動物の遺棄や虐待は後を絶たなかったと言われています。そして、綱吉の死に際し、後継の六代将軍家宣(綱吉の甥)は、綱吉が言い残した、生類憐みの治世を100年以上継続するようにとの遺言を反故にし、早々と同法令を廃止し、斯かる罪で投獄されていた囚人を釈放しています。このようなことから、生類憐みの令は、犬公方綱吉による天下の悪法として、お犬様に対する待遇を面白おかしく描いたエピソードなどとともに揶揄され、後世に伝えられることになりました。


しかし一方で、江戸をはじめとする大都市の野犬対策、捨子対策、社会的弱者の救済(施行米の支給)などといった具体的な施策の実効性、あるいは殺伐とした戦国遺風を一掃しようとした世直し説などの観点から、生類憐みの令による綱吉の治世を再評価する動きもあります。


確かに、徳川幕府の絶対君主による政(まつりごと)という特殊性はあるものの、動物愛護運動が国の政策として、これだけの規模と密度で実践された例は、人類史上非常に珍しく貴重であり、これを単に犬公方綱吉による常軌を逸した悪政とだけ片づけてしまうのは少しもったいないように思います。この壮大な歴史的社会実験から、もっと本質的で有意義な議論として、自然を構成する多様な生命と人間社会に関わる真理や理念や教訓のようなものを学び取ることはできないか、我々現代人は、時空を超えてこのような課題に真剣に取り組むべく、綱吉の生類憐みの治世を改めて見つめ直してみる必要があるのではないか思います。



~一部転載以上~



以下は、日刊SPA!より。

https://nikkan-spa.jp/793485


徳川綱吉はただの“犬バカ”ではなかった。「生類憐みの令」が発布された本当の理由

2015年02月09日


近年、歴史が見直されてきており、「学校で習った歴史と事実は違うのでは」ということがある。例えば、聖徳太子の実在に疑問符がつけられたり、鎌倉幕府の成立した年が1192年ではなく1185年と改められてきている。もしかすると、将来そうなるかもしれない例を1つ紹介しよう。徳川5代将軍・綱吉である。

多くの読者が綱吉と聞けば、真っ先に犬公方(お犬様)を連想し、生類憐みの令を思い浮かべるのではないだろうか。この法令は殺生を禁止するために1687年に発布されたのだが、それは「行き過ぎた動物保護法であり、そのために庶民は大変に苦労した」という認識が一般的だろう。綱吉は“犬バカ”将軍のイメージが広まっている。

 実際、映画『
大奥 ~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』(男女逆転の時代劇。菅野美穂が綱吉を演じ、共演した堺雅人と結婚するきっかけとなった作品)の公式サイトで徳川綱吉についての説明を確認すると、『悪法・生類憐みの令を布いた犬公方としても有名』とある。

 しかし、作家で評論家でもある岬龍一郎氏は近著『
日本人のDNAを創った20人』(育鵬社)で、こう語っている。

「この“生類憐みの令”が発布された理由にはその時代背景も考慮する必要がある。当時はまだ戦国の気風が色濃く残っていた時代で、加えて病人や牛馬などを山野に捨てたり、旅先の宿で旅人が病気になると病人を追い出したり、見捨てたりするといったことが普通に行われていたのである」

 こういった当時の人々の悪習に対し、綱吉は大変憐れんだのだそうだ。そこで綱吉は生類憐みの令によって人間を捨てることを禁じ、貧しさのために犬や牛を飼育できなくなった者達には、役人に届け出るようにと通達したのだという。

 しかし、当時の人々は困惑し、法の目をかいくぐる人間が後をたたず、なかなか浸透しなかったのだそうだ。結局、生類憐みの令は6代将軍・家宣の代に撤廃されたのだが、この後も幕府は老人や捨て子の禁止といった人間に対する法令はそのまま継続したという。さらに、意味もなく動物や人を殺めることは悪であるという思想も継続して人心に残っていったのだそうだ。岬氏はこう続ける。

もしも、綱吉によって生類憐みの令が出されなければ、その後も姥捨て山や捨て子の悪習は改善されることはなかっただろうし、命あるものを慈しむといった精神は生まれなかった。そして、この精神は時代を経て現代の日本人の根底にも流れており、他国の国々の人と比べ、優しい民族であることにたどり着く」

 実は綱吉は、今日の日本人の心に道徳を植えつけた為政者だったというのが史実だそうだ。

 また、あまり語られることはないが、綱吉の治世はそもそも“英邁な将軍”と高い評価を得ていたという。しかし、生類憐みの令が大きな一因となり、今日の悪名高き将軍へと評価を落としていったのだそうだ。

「綱吉はただの犬公方ではない。自身が悪役を買って出ることで、民心が儒教的思想へと自然と流れることを知っていた」(岬氏)

 もしかしたら近い将来、日本人の綱吉像が“犬バカ”から“名君”に大逆転する日がくるかもしれない。 <取材・文/吉留哲也>


浅田美代子「関心持って」動物愛護法改正へ署名活動

日刊スポーツからです。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201712230000611.html


浅田美代子「関心持って」動物愛護法改正へ署名活動

[2017年12月23日19時41分]


女優浅田美代子(61)が23日、都内で、動物愛護法の改正を求める街頭署名活動を行った。


 犬の殺処分の状況に興味を持ったことが活動のきっかけとなった。「日本の法律は甘すぎる。虐待を受けている子たちを、今の法では救えない」と訴えた。浅田が発起人となった同活動で、紙とウェブ合わせて10万7000筆以上の署名が集まった。「たくさん参加してもらえてうれしい。でももっと関心を持ってもらいたい」と語った。


 4匹の犬を飼う愛犬家。殺処分寸前の犬や、多頭飼育で繁殖し過ぎた犬を引き取り、育てている。「何をすればいいか分からなかったけど、まず1匹飼ってみた。初めはなつかない子がだんだん変わっていって、保護犬だってこんなにかわいいんだよって伝えたい」と話した。



~転載以上~



★関連記事 朝日新聞


浅田美代子さん、動物愛護求め署名「悪徳業者から救う」



以下、浅田さんのFBより。

https://www.facebook.com/miyoko.asada.3/posts/1558918804196869?pnref=story


私にとって初めての街頭署名13時〜15時まで六本木ヒルズにて行いました。東京では署名での道路使用許可がまずおりないのですが、麻布警察署に感謝‼️です。


署名数は10万人を超えています💗
ネットでは7万人、そして全国から沢山の署名を送っていただいています。
今日も433名の署名が集まりました。ありがとうございます。


実際に街頭に立ち、通行人に声をかける署名集めをすることで、とても多くを学びました。
道行く人に署名をお願いするのは簡単なことではないし、簡単に協力していただけるものでもなく、素通りされてしまいます。


私の自宅には、全国の皆さんが集めてくださった署名用紙の束を大切に保管していますが、これだけ集めるためにどれだけの労力を要したことでしょう。
改めて頭の下がる思いです。感謝‼️です。


同時に、これほどの気持ちがこもった署名をお預かりした責任を、強く実感しています。

まだ署名をしていない方はどうぞこちらからよろしくお願いします。
miyokoasada.com


5年に一度の法改正です。不幸な子達を救うには法改正が必要です。
ひとりでも多くの署名を集めたいと思っています。
頑張るぞ〜〜‼️


今日、一緒に署名活動を行ってくれた仲間達 ありがとう😊お疲れ様でした〜〜

提出は1月末〜2月かと考えています。沢山の方の思いを国に届けに行きます。



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年賀状を出すと保護犬が助かる?少し変わった『殺処分ゼロ』活動に称賛の声

grapeからです。
https://grapee.jp/431192


年賀状を出すと保護犬が助かる?少し変わった『殺処分ゼロ』活動に称賛の声

2017年12月15日








全国的に広がりを見せる、保護動物の『殺処分ゼロ』を目指す活動。

2018年の干支が『戌(いぬ)』であることに着目した、少し風変わりな里親探しが注目を集めています。

保護犬がモデルに

千葉県柏市にあるNPO法人『犬と猫のためのライフボート』には、保健所などの行政機関から保護された犬や猫がいます。

保護犬の多くが里親に迎えられる一方で、里親が見つからない犬も。

そんな現状を知ってもらおうと、『犬と猫のためのライフボート』とアドビシステムズ株式会社の社員が『#PUPPY NEW YEAR』というプロジェクトを立ち上げました。

『#PUPPY NEW YEAR』では、保護犬たちをモデルに使い、2018年の年賀状を作成。里親も探せてしまう、年賀状が誕生しました!

用意された著作権フリーのデザインは、約40種類。

デザインアーカイブサイト『#PUPPY NEW YEAR』で、無料でダウンロードすることができます。

また、各種SNSの年始挨拶用の画像としても利用可能です。

気になった保護犬がいた場合は、面会することもできます。

少し変わった取り組みに、多くの人がコメントを寄せました。

・めっちゃ可愛い!人も犬も幸せになれるプロジェクトですね。

・年賀状どうしようと思ってたら、こんな素敵なデザインが!

・保護犬が助かるなら使うのもよさそう!

素材が使われれば使われるほど、保護犬の里親が見つかりやすくなる素敵なプロジェクト。

戌年だからこそできる『殺処分ゼロ』を目指す活動に、ぜひ参加してみてくださいね。

マライア・キャリー、エンジェル・フォー・アニマルズ受賞

BARKSからです。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171221-00000186-bark-musi


マライア・キャリー、エンジェル・フォー・アニマルズ受賞

12/21(木) 10:36配信


マライア・キャリー、エンジェル・フォー・アニマルズ受賞

動物愛護団体PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)は、マライア・キャリーへAngel For Animals(動物にとっての天使)アワードを贈ることを発表した。


動物愛護団体PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)は、マライア・キャリーへAngel For Animals(動物にとっての天使)アワードを贈ることを発表した。

◆マライア・キャリー画像、動画

マライアは今年、エグゼクティブ・プロデューサー、声優、作曲を務め、アニメーション映画『All I Want For Christmas Is You』を制作・公開。同団体は、マライアはこの映画を通じ、動物を飼うことの責任や保護施設から動物を引き取ることの大切さを伝えていると評価した。

PETAの副会長は、「毎年、クリスマスの後、贈り物として買った犬や猫の面倒が見きれないと、施設は捨てられた動物たちでいっぱいになるのです」と話し、映画の中の主人公のように、ペットショップやブリーダーから購入するのではなく、施設から動物を引き取って欲しいと訴えた。

PETAはまた、“止めて”“痛い”などと口にすることができない動物たちの声になっていると、マイリー・サイラスへ最優秀ヴォイス・フォー・アニマルズ賞を贈った。

Ako Suzuki
Photo by Wayne Maser



~転載以上~






クリスマスに動物をプレゼントしないで!保護施設の子たちにあたたかいお家を…

世の中はすっかりクリスマスムード一色ですねクリスマスツリークリスマスベル
ペットショップも、プレゼントに買うお客さんを呼び込もうとクリスマスセールを開催しています。

でも…どうか動物をショップで買わないでください。プレゼントしないでください。
軽い気持ちでプレゼントし、受け取った人が飽きるなどして捨てられるペットが後を絶ちません。

そしてペット流通の陰では、ブリーダーに酷使されたり、売れないからと遺棄されたり…たくさんの命が苦しみ、犠牲となっています。


保健所や保護施設のシェルターに、あたたかいお家を待っている子がたくさんいます。
あなたのすぐそばに、あなたの優しい手を待っている子たちがいます。
伴侶動物を迎えることをお考えでしたら、ご家族でよく話し合われ、彼らを迎えてあげてください。

彼らに、「共に生きる人生」を与えてあげてください。

迎えることができなくても、あたたかい毛布やおやつをプレゼントしてあげることも、とってもステキなことだと思いますプレゼント



プレゼント雪80


やめよう



「僕はクリスマスだけのものじゃない。僕の一生がかかっているんだ。プレゼントにしないで」

for life



「『共に生きる人生』という贈り物を。里親になろう」


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「クリスマスの夜までに、お家が見つかるといいな…」


home.jpg





【動画】保健所の彼らに「家族」というクリスマスプレゼントを!





星クリスマスにペットを買わないで!〜ビデオメッセージ〜(杉本彩さん)





星犬は玩具じゃない…クリスマス動画に涙


英国の動物愛護団体、RSPCA(英国動物虐待防止協会)が公開した動画。ペットを飼うことの責任について訴えかける動画です。






関連記事もぜひご一読くださいラブラブ


星「家具とマッチしないから」 動物慈善団体が明かした“飼い主が犬を手放す理由”に愕然(英)


星「こんなに大きく育つとは思わなかった」動物は物ではありません。命をプレゼントしないで


星クリスマスシーズンは動物愛護団体や保健所の動物達に愛をプレゼントできるチャンスの日!


星クリスマスに、犬を飼う。あなたがサンタになる方法。

星生き物(ペット)をクリスマスにプレゼントする事の意外な問題点



プロフィール

春ママ

Author:春ママ
ご訪問いただきありがとうございます!

福島原発避難区域の被災動物、殺処分、毛皮、動物実験、海外の動物事情など、国内外の動物の現状について情報をアップしています。

人間の都合で虐げられている動物たちのことを1人でも多くの人に知ってほしい、声を上げてほしい、そして動物達へのやさしさの輪が広がればと思います。

リンク・転載は構いませんが、その際は必ずどこからのものかわかるよう、ブログ記事URLを明記していただきますようお願いいたします。

5才児の母。昨年5月、17才になる最愛のにゃんこをお空へ見送りました。春ちゃん、ずっと一緒だよ。。

メインブログはこちらです。
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