「ひとり行くぜ、東北」旅エッセイ(1) 福島の猫、犬、ダチョウ、イノシシ

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「ひとり行くぜ、東北」旅エッセイ(1) 福島の猫、犬、ダチョウ、イノシシ

筆者: 松中みどり 更新日: 2015年12月10日


JR東日本のキャンペーン「行くぜ、東北。」に乗せられたわけではありませんが、2015年11月15日(日)から11月20日(金)まで、ひとりで東日本大震災被災地に出かけてきました。福島、宮城、岩手を駆け抜けた旅を振り返り、見たこと、感じたこと、そこに出会った人々について書きたいと思います。


2015年6月25日、「しろさびとまっちゃん~福島の保護猫と松村さんの、いいやんべぇな日々」著者で、フリーランスフォトグラファーの太田康介さんと、福島第一原発20キロ圏内の猫たちに会いに行きました。福島の猫たちや、猫たちに関わる素敵な人々に初めて出会えた時から5ヵ月、現地の状況はどう変わったのでしょうか。今も0泊2日で猫の給餌のため通う太田さんと一緒に、再び20キロ圏内の町を訪れました。


2015年11月16日から20日までの「行くぜ、東北」もとい「ひとり行くぜ、東北」旅エッセイ第1回は、やっぱり福島の猫との再会から始まります。


避難指示区域の概念図(2015年9月5日時点)経産省ホームページより

避難指示区域の概念図(2015年9月5日時点)経産省ホームページより


2015年11月16日早朝3時、用賀を出発した私たちは、前回と同様、まずは楢葉町(ならはまち)に入ります。前回よりも高速の料金所は混みあっていて、町の道路にも除染作業や工事のための車がたくさん、けっこうスピードを上げて行き交っていました。楢葉町は6月とは大きく状況が変わっています。2015年9月5日をもって、4年半続いた避難指示が解除されました。人口7368人、2694世帯の規模の楢葉町。自治体全体の規模で避難指示が解除されたのは初めてだそうです。


楢葉町のほとんどが福島第一原発から20キロ圏内にあたり、事故直後は立ち入り禁止の警戒区域でした。2012年から日中の立ち入りが可能になり、2015年4月から、住民が帰還するための「準備宿泊制度」が開始されています。除染や、インフラの整備が進んだからということですが、2015年11月16日、太田さんと入った楢葉町の猫の「餌場」の様子は、6月初めて行った時とあまり変わっていませんでした。町によると、宿泊のための登録をした住民は全人口の1割で約350世帯。実際に楢葉町に寝泊まりしているのは100世帯ほどだそうです。


昼間も人影のない、物が散乱した倉庫にある餌箱は、野生動物が猫の餌を食べないように工夫されたもの。キャットフードがあまり減っていないのは、アライグマやハクビシンにやられていないという印です。また、この福島訪問が「いつもより間が空いてしまって」という太田さん、他のボランティアさんが補充してくれたということかもしれません。猫のために献身的に働く人たちが地道に活動を続けておられて、頭が下がります。


福島第一原発20キロ圏内に生きる猫「プーちゃん」=撮影:松中みどり

福島第一原発20キロ圏内に生きる猫「プーちゃん」=撮影:松中みどり


久しぶりに「プーちゃん」に再会。大きくて、一見元気そうですが顔に傷跡がありました。ボランティアさんたちに見守られて生きているプーちゃん。顔を見せに出てきてくれてありがとう。


福島第一原発20キロ圏内に生きる猫への給餌を事故直後から今も続けるフリーフォトグラファー太田康介さん=撮影:松中みどり

福島第一原発20キロ圏内に生きる猫への給餌を事故直後から今も続けるフリーフォトグラファー太田康介さん=撮影:松中みどり


三毛猫さんもやってきました。倉庫の中は荒れ放題。けっこう危ない感じです。怪我しないようにね。


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2015年11月16日 福島県楢葉町「餌場」に来た三毛猫さん=撮影・松中みどり


おなじみの猫たちに餌をやっていると、太田さんも初めて見る顔がありました。怖がって隠れているので、餌を持っていくと食べました。なんとか餌をさがして、生き抜いていくんだよ。


 2015年11月16日 福島県楢葉町=撮影・松中みどり

2015年11月16日 福島県楢葉町=撮影・松中みどり


11月の東北ということで寒さを覚悟していったのですが、とてもいいお天気で、日中は暑いくらいでした。暑くても、サクサクと普段通り、給餌活動をこなす太田さんでした。


 2015年11月16日 福島県楢葉町=撮影・松中みどり

2015年11月16日 福島県楢葉町=撮影・松中みどり


2015年11月16日 福島県楢葉町=撮影・松中みどり

2015年11月16日 福島県楢葉町=撮影・松中みどり


高台から見えるのは、緑の多い楢葉町の土地に、積み重ねて置いてある放射性廃棄物を詰めた黒いフレコンバッグ。その向こう側、山の中腹に見える四角い建物が「楢葉遠隔技術開発センター」です。原子炉を模型で再現し、廃炉に向けて技術を開発し、様々な機器を試す、いわゆる「廃炉練習」のために作られたモックアップ施設です。日本経済新聞によると850億円の費用がかかっているそうです。複雑で危険な作業ですから、850億でも1000憶でも必要なお金は使って、きちんと練習してほしい。ただし、原子力発電の電気代というのはこうしたものにかかったお金も含まれているのだと、みんなが知っておくべきだと思いました。


楢葉町での給餌活動を終えて、今回も、しろさびの“お父さん”で、映画「ナオトひとりっきりAlone in Fukushima 」の主人公松村直登さんを訪ねました。原発事故で全町避難となった富岡町にひとり残り、牛や馬やダチョウや犬や猫の世話をするまっちゃんこと松村直登さんは、この日もトレードマークの青い作業着で家にいました。そしてこの日もまた、動物たちの数々のドラマに出会ってしまいました。


まずは、午前中にお訪ねした時の直登さんの第一声。「モモが死んだんだ」 ちょうど私たちが訪ねた11月16日の朝に突然亡くなったのだそうです。モモことダチョウのモモコは、原発事故後に生き残った最後のダチョウでした。全町民が避難した富岡町で、牛や馬や猫や犬と一緒に、ダチョウ2頭の面倒もみていた直登さん。相棒のサクラは先に亡くなっていますが、モモコは愛嬌のある性格で、よく人に慣れていて、直登さんを訪れる人たちに愛されていた家族の一員でした。たった一度しか会ったことのない私でもショックだったのですから、太田さんや、まして直登さんはどんなに寂しいことでしょう。


6月にたずねたときのモモ=撮影・松中みどり

6月にたずねたときのモモ=撮影・松中みどり


でも、原発のマスコットの時代を経て、ダチョウ園に払い下げられて数年、原発事故にあって、仲間のダチョウはみな餓死か殺処分という運命だったところを、直登さんに巡り合ったのです。モモは幸せだったと思います。直登さんに心配をかけないように、前日まで元気でいて、あっという間に逝ったダチョウのモモ。福島第一原発事故に翻弄された動物がまた一頭、いなくなりました。さようなら。相棒のサクラと天国で再会して、自由に走りまわっていますように。


2015年11月16日 モモコ=撮影・松中みどり

2015年11月16日 モモコ=撮影・松中みどり


もうひとつのドラマは、猫たちのことです。


「さび」を抱きあげる直登さん=撮影・松中みどり

「さび」を抱きあげる直登さん「しろをいじめたらダメだべ」=撮影・松中みどり


しろは、この日久しぶりに外に出ることができました。外だと本当に目立つ美しい白猫です=撮影・松中みどり

しろは、この日久しぶりに外に出ることができました。外だと本当に目立つ美しい白猫です=撮影・松中みどり


太田さんの写真集「しろさびとまっちゃん~福島の保護猫と松村さんの、いいやんべぇな日々」に出てくる“しろ”と“さび”は、女の子同士とても仲良しだったはず。それなのに、今や一緒にするとさびがしろを襲い、怪我をさせるほど本気でケンカをするというのです。さびは名ハンターで敏捷。しろはおっとりとして狩りは苦手。自然の中で目立ってしまう真っ白な毛皮のしろは、もともと弱い体質の猫のようです。強いさびに襲われたら勝ち目はなく、仕方がないので2匹を一緒にしないように、さびは外、しろは家の中にいるようにしているということでした。なんとか元通り仲良くなってほしいものです。しろが可愛くて仕方ない太田さんも、二匹の仲を心配していました。自分の子どもたちとは本当に仲睦まじく、穏やかに日向ぼっこをしているさび。しろのこと、もうあんまりいじめないでね。しろさびファンの私も祈るような気持です。


直登さんが面倒をみている牛=撮影・松中みどり

直登さんが面倒をみている牛=撮影・松中みどり


もともとは建築関係の仕事をしていて、牛のことなど何も知らなかった直登さん。それでも、目の前の命を見捨てておけなかった彼のおかげで、殺処分をまぬがれた牛が事故から4年8か月、今もこうして餌を食べて生きています。餌を確保するのも一苦労ですが、今年は北海道から運ばれてきた餌があるので、牛たちも嬉しそうです。「匂いを嗅いでみたらわかるべ、いい匂いがするんだ。良い餌だ」と直登さん。確かに、香ばしいようなおいしそうな匂いがしました。松村直登さんが代表をつとめているNPO法人「がんばる福島」の広報ブログ「ときぶーの時間」にはこう書かれています。


『松ちゃんが手配したわら餌は、北海道の生産者様や畜産家様・または問屋さんなどのみなさんのご厚意により無料でお譲り頂いているものです』


『松ちゃんが支払っているのは、わら餌の送料のみですがトレーラー1台分を運んでもらうのに、一回で20万~30万円くらい掛かるんですね。この配送料に、みなさんから頂いた募金を使わせて頂いております』


直登さんによると、この冬をはもちろん、春先までは大丈夫なくらいの餌を確保できているそうで、ひと安心です。福島で生きている動物たちに注がれる温かい応援の気持ちに、感謝いたします。


牧場の柵の外を、わら餌を抱えて歩く直登さん=撮影・松中みどり

牧場の柵の外を、わら餌を抱えて歩く直登さん=撮影・松中みどり


直登さんが牛に餌をやるのも一段落して、太田さんと一緒に牛の餌の話やしろさびの不仲の話、ダチョウのモモの思い出話などをしているときでした。鋭い、切羽詰まったような動物の鳴き声が、何度か聞こえてきたのです。どうもイノシシの声のようですが、直登さんについてきたしろも近くにいたし、特に気にせず話を続けました。それでも、何度か大きな声がして、直登さんが言いました。「あれ、石か?」


直登さんの飼い犬である石こと石松が、鎖を外してもらってついてきていたはず。石の姿が見えません。


子どものイノシシを川に引きずり込んでいる石松=撮影・松中みどり

子どものイノシシを川に引きずり込んでいる石松=撮影・松中みどり


近くの川まで行ってみると、まだ子どものイノシシを相手に「狩り」をしている石がいました。体の大きさはほぼ互角で、勝負は石が有利な展開です。イノシシはお尻のところから血を流して鳴き声をあげていました。甲斐犬の血を引く石は、やる気十分、このままだと本当にしとめてしまう勢いです。でも、ここでなまじ成功体験をしてしまうと、大人のイノシシにも一匹で向かっていくかもしれません。鋭い牙を持ち、体重も石よりずっと重たくなる成熟したイノシシが相手なら、殺されてしまうのは石の方でしょう。


「石、調子に乗ってるなあ」と言いながら直登さんが止めに入ります。何度目かに石をつかまえて、イノシシを逃がしてやりました。興奮している石松を家に帰るようにうながした直登さん、「こいつ、勝ったと思ってるよなあ」 と苦笑い。石、怪我をするから大人のイノシシには手を出さないでね。


動物と生きるということ、命を奪うこと、命を救うことなどを、抽象的にではなく、具体的に考えさせられた、直登さんのいる富岡町でした。


次週、「ひとり行くぜ、東北」旅エッセイ第2回は、こんな犬猫たちのこと(下の写真参照)についてです。12月17日(木)掲載予定です。お楽しみに。


「ひとり行くぜ、東北」旅エッセイ第2回(12月17日掲載予定)で紹介します

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「ひとり行くぜ、東北」旅エッセイ第2回(12月17日掲載予定)で紹介します

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